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晴れた日は布団に入って

漫画を読むか寝るかしています。睡眠の感想は書けないので漫画の感想とかを書きます。

「彼氏」「彼女」の意義について 『グランメゾンむらさきばし』

南Q太先生の新作『グランメゾンむらさきばし』の2巻を読んだ。

 

主人公(?)の青亀が山吹さんに好意を伝えるわけなんだけど、それをあっさり断った後の山吹さんが言った「恋愛時って平常心でいられないじゃないですか」「そういうのしんどいんです 嫌なんです」という言葉になんだか考えさせられた。

肩書きの付いた恋愛は重い。

僕は男性なので男性目線の話をすると、例えば好きな女性がいたとして「あの子を自分の彼女にしたい」と思うんだけど、仮にそうなった後のビジョンがまるでない。その女の子と遊びに行くとか食事をするとか、あるいはセックスをするということすらもすべてその女の子が自分の彼女である必要がないからだ。(別に自分の話じゃなくて物理的な話です)

両思いはむずかしい。それが秘められた恋なら何も恐れることはないのだけれど、一度彼氏彼女という口頭契約を結んでしまったらそれはたちまち自らを締め付ける鉄の鎖やいつの間にか切れてしまう細い糸のようになってしまう。彼氏彼女という括りに何の意味があるのか。今まで適当な時に取っていた連絡の頻度を考えないといけない、定期的に顔を合わせないといけない、何かしらの方法で関係を確認し続けなければいけない恋愛契約は体に悪い。

しかも『グランメゾンむらさきばし』2巻の終盤で山吹さんは青亀の旧友・赤星に小さな好意を抱く。これは赤星が山吹さんの死んだ旦那に雰囲気が似ているということからくるものとして描かれているんだけど、これもまた女性の心の変りやすさをうまいこと表現できていると思う。確かに山吹さんは青亀に「誰ともおつきあいするつもりないです」って言ったはずなんだけれど。

友達以上恋人未満の関係というのはファンタジックだけど、裏返せば越えられない壁に阻まれているっていう歯がゆい状況だよなあみたいなことを考えつつ、あまり思い出したくない自分の経験をちょっとだけ思い出していた。彼女が欲しい心理っていうのは、まあぶっちゃけ所有欲の発露ってことなんだろうけど。

グランメゾンむらさきばし (2) (まんがタイムコミックス)

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